暗い部屋に響くのはベッドの軋む音と、喘ぎ声とも吐息ともとれる消えそうな声。 シーツに広がる茶色い綺麗な髪に、涙を溜めた瞳のプリシスの上に覆いかぶさって、ひたすらに 積極的な愛撫を繰り返すレオン。そんな2人をカーテンから差し込む街頭の光が薄く照らしていた。 白く浮き上がるプリシスの肌に唇を這わせて、心地よい甘くてみだらな声を聴いて……すでに当たり前のようになってしまった行為。 レオンにとっては嬉しくもあり幸せな行為。 それに今日はいつになく感じているはずなのだ。夕食のときにプリシスのお茶にこっそりと混ぜた 薬――いや、気持ちよくなるためのオマジナイだ――の効果が現れているはずなのだから。
しかしプリシスの意外すぎる言葉は、天才なレオンでもまったく予想していなかったのである。
「……レオン。なんかさ……。なんていうか……ゴメン。感じない」


長いようで短い夜が明け時刻は6時。本来ならば幸せな気持ちで朝を迎えていたというのに レオンの心は人生で一番もやもやしており、苛々しており、そして戸惑っていた。 プリシスの発した悲劇的な一言がずっと頭の中から離れない。レオンはぎゅっとシーツを握って 自分に言い聞かせる。 あり得ない。こんなことあり得ない。なにかの間違いに違いない。こんなことあっていいはずがない。そうだこれはきっと夢だ。 嫌な夢を見ているんだ。悪夢だ。だから早く目覚めて現実に戻らなくては……しかしレオンはそこまで堕ちていない。 無理やり事実を夢だとこじつける馬鹿らしいことはしない。 目の前で起きている事実を受け止めて、そして理解する。問題があれば解決する。 それが天才であるレオンの仕事。だが、今回はいくらなんでも簡単にはいかないようだった。
「冗談だって言ってくれない?」
「……別に言ってもいいけど、冗談じゃないから」
「おかしいよ!だって誰でも持ってる感情なんだよ!?なんでそれが!」
誰だって持っている。特に若い男女ならば持っていないはずがない。というか表現は悪いが真っ盛りだと 言ってもいいぐらい。
珍しくレオンが取り乱しているのはプリシスの一言『感じない』が原因だった。 感じない……なにが感じないかって?考えることもなく快楽のことだ。最中に言われたのだから誰だってわかる。 欲情しないということだ。全然気持ちよくないということだ。
さっきから何度も言っているが、こんなことあっていいはずがない。いいはずがないんだ! レオンは頑なに否定するが、やり場のない怒りが沸きあがってくる。 もちろんプリシスを気持ち良くさせてあげられないのに不満があるし、自分のセックスに対する……と いうか、プリシスを感じさせることに関してはかなりの自信を持っていたのだ。 キスをすれば、抱き締めて甘い言葉でも囁けば、それだけ感じていてくれたと思っていた。 実際今まではそうだったのだが、既に通用しない状況に陥っている。
「もう一回やらせて!なにか分かるかもしれない」
「ちょっとそれは……そう言ってさっきから何回もやってるけどなにも分からないじゃんか」
実はこれが5回目。原因が分かるかもしれない!と実験しているのだが、全て無駄な結果。 感じるポイントも声をあげるタイミングも、あわせて限界に導くまで全て完璧なはず。 多分プリシス以上にプリシスの身体のことを知っていると断言してもいいほどだが……効果なし。 既にレオンの体力も限界に来ていた。 さすがに続けて何回もやれば疲れる。しかもプリシスはまったくの無反応ときたものだから、 1人で盛り上がって1人で果てるという虚しく脱力したものなのだ。 これでは、手伝ってもらって1人エッチしているのと同じじゃないか。それも違う感覚で おいしいシチュエーションなのだが、楽しむことを考えている余裕はない。
「本当に感じないんだね?」
「多分。いつも頭とかぼーとして、なにも考えられなくなるのに、逆に目が冴えちゃって。どちらかというと外で走り回れるような気分だったし。 とにかく今は諦めてよ。研究所行かなくちゃいけないし。シャワー浴びたいし」
感じないと言ってもさんざんレオンに付き合わされたプリシスは、さすがにぐったりした様子で ベッドを抜け出し、落ちていたレオンのシャツを羽織った。
「そんなに必死に考えなくてもいいと思うよ?私は気にしてないし」
「プリシスが気にしなくても僕は気にする。原因は絶対に突き止めるから」
「はいはい」
どうでもいいような呆れた返事をしてプリシスはバスルームへ行った。

1人残されたレオンはどっと疲れに襲われ、そのまま倒れるように寝転ぶと乱暴に髪をかきむしった。 一度も遭遇したことがない大問題。じっと目を瞑って考えてみる。
やっぱりこれは夢なのか……?とうとう現実逃避の手前に。肉体的にも精神的にもダメージは相当大きいらしい。 シてる最中に外で走り回れるような気分だって?プリシスは平然と言っていたが、本当にあり得ない発言ばかりしてくれる。 感じないとしても体力が有り余るような元気な状態になるなんてただの異変とは思えない。 例えばなにかの薬の副作用とか……。
「薬………くすり……あ……あぁ!!??」
おいおい天才レオン博士。どうしてそんな重要なことを忘れていたのですか。 あなたは昨夜の夕食のときにプリシスのお茶に薬を入れましたよね?えぇ?……陰険な天の声に囁かれた気がした。というのは幻聴だが、レオンは今になって思いだしたのだ。 まさにその通り、プリシスに薬を飲ませたことを。その名も気持ち良くなるためのオマジナイ。言ってしまえば ただの媚薬。もちろんプリシスには無断で。 あまりにもおかしな展開のせいで、都合が良いように忘れていた。どう考えても薬が原因ではないか。 他に思い当たることなどない。つまり一番悪いのはレオン自身。 バチが当たったのだろうか。まったくの逆効果をもたらせてくれた薬はレオンに恨みでもあるのだろうか。 恨みがあるとしか思えないような仕打ち……で、レオンはにやにやしながらも薬を調合してくれた人物を思い出し――
「確かに……恨まれているといえば恨まれてるかも……ボーマン先生」
――今日は何よりも先にボーマンのところへ問い詰めに行くことにした。

【効果テキメン-天罰/レオンとプリシス】