プリシスはしっかりと抱き寄せられている腕から逃れる用に……と言うか逃れたくて、邪魔なレオンの肩を押し返した。 しかし簡単には離れられない。なるべくレオンを起こさないように注意をしているせいで力一杯ふりほどくことも出来ずに時間だけが過ぎていく。 ともなって9月とはいえ、夏に近い部屋の気温は上昇していくばかり。 お互いの素肌が直接触れ合っているせいでなお暑い。さっきまで流していた汗もまだ身体に残っているというのに。 レオンの腕から伝わる温もりが今だけは恨めしい。
 怖いことに肌を重ねるのが週の大半を占めている現在。 とうとうここまで来てしまったのか……とガックリしていたりする。 プリシスにとって、毎晩の行為はとてつもなく相手の感情に左右される、都合の悪いものだ。 レオンの機嫌のメーターによって楽に終わる日もあるし、朝まで付き合わされることもある。 男と女で体力に差があるとしても、もう少しこれからは抵抗していきたいものだ。 いつもあがあが、うがうがと言っているうちに止める間もなく進んでしまう。それだけならまだいい。 プリシスが一番嫌いなのは終わった後のことである。特に夏場は最悪。 一度かいてしまった汗はなかなかひくことはなく、逆に疲れてじっとしているだけで汗がにじむ。 しかも身体は色々なものでべとべとしている始末。 今はまさしくその状況で、全身にいやーな汗が張り付いてしかもプリシスの足には逃がさないと ばかりにレオンのがしっかりと絡みついている。
「暑い。喉かわいた」
 レオンの抱き枕化しているプリシスはごくりとつばを飲み込む。 水でもなんでもいいから、なにか口の中に違う味を入れたい。 隣でまだ寝息を立てているレオンにはプリシスの辛さなんてまったく分からないだろう。 証拠に幸せそうな顔をしている。なんとも腹立たしい。 起こさないようにと心がけていたものは一気にふっとんで力任せにレオンの肩を押し返した。 とたんに背中に回されていた腕に引き寄せられる。 圧迫されて息が詰まりそうになり、おもわず瞑ってしまった目を開けると、 寝起きとは思えないほどの笑顔を浮かべているレオン。
「寝たふりなんてしないでよ。最低なんですけど?」
「ちょっと前に目が覚めたんだよ」
「信じられない。いつも同じこと言ってる」
 疑っている通り、レオンはプリシスよりも先に起きていたのだ。 それでもプリシスが独り言を言っている姿や仕草が可愛くて、いつも寝たふりをしてしまう。 言えばとたんに警戒されてしまうだろうから、あえて同じ言い訳をしているだけで……さすがにプリシスも毎度のことで不信に思うわけだ。
 しかし疑いの眼差しを向けるとレオンに抱き締められる。 これもレオンに使われる誤魔化しパターンだとプリシスは分かっている。抗議しようとすれば、抱き締めたりキスしたりと少々強引な 方法を取ってくるのだ。だが、分かっていてもどうにもならないのが悲しい事実。結局は流される。
 密着したせいで暑さが増したが、レオンはすました顔。 同じ部屋で、同じベットで寝ているというのにこの違いはなんなのだろうかと思いながらも、 正反対に涼しそうなレオンが小憎らしい。 体質の違いなのだろうか。どちらにしてもレオンはプリシスほど暑さを感じてはいないようだ。
「暑いから離れなさい」
「命令口調?ちゃんとお願いしないと」
「もー!なんでわざわざお願いしなくちゃいけないの?そっちがくっ付いてきたんでしょうが」
「それもそうだね」
 怒るほど面白がるようにからかってくるので次なる抵抗を考えていたが、今回はあっさりと解放された。 しかもご丁寧なことに、冷房のスイッチまで入れてくれる。 あまりにも素直な行動が逆に怖くて、出来る限りレオンから距離をとった。 これは何か企んでいる。後で絶対に良くないことがおきる。 勘ぐって探るようにレオンを見るが、笑顔の前ではなにを言っても無駄だ。 プリシスが質問をしても『さぁね』と小賢しく可愛い笑顔で返されるのみ。 そして反論したいことが山ほどあって、何から文句を言うべきか迷っている最中、さっそく異変が起きたのだ。
 風が吹いた。 肩を掠めて、髪の毛がなびく。出どころは今さっきスイッチを入れたばかりの冷房。 火照っていた身体には心地良いものだが、急激に下がった部屋の温度は涼しいを通り越して寒い。
 こいつはなんて極端なことを仕出かしてくれる。睨みつけるとレオンは肩をすくめてリモコンをチラつかせた。 温度は予想通り20度。しかも風向きはプリシスへ直で強風。
「寒い。誰が20度まで下げろって言ったのよ」
「誰が20度まで下げちゃ駄目って言った?」
「そ、そうだけど!」
「温度上げてあげるよ?ちゃんとお願いさえしてくれれば」
 どこまで服従させたいのか、この年下少年は。
 人に何か頼むときはお願いするのが当たり前である。 それをお願いしろと催促されては言うきになれないのも当たり前だと思う。 しかしプリシスの疲れた身体が温度の変化についていくのは無理であって、シーツ一枚では冷え切りは押さえられない。 意地を貼ってとりあえず寒くないふりをしてみるが、鳥肌がたってきて指先が震えてくるのは隠せない。 だというのに、なにかいけないことでもした?とでも言いたげなレオンはやはり確信犯だ。
「ほら、言ってごらん。寒いですって。抱き締めて下さいって」
「うぐ……」
「お願いしてごらん?」
「ま、負けないもん……」
「プリシス?」
「っ……言わない」
「……あーー…もう…分かった分かった、僕の負け」
 プリシスだって負けっぱなしでいるわけにはいかない。誘導されまいと震えながらも頑張っていたが、あっさりと攻防戦は終わった。 なんと先に痺れを切らしたのはレオンのほうだ。 とたんに伸びてきた手に引っ張り込まれプリシスが収まったのはレオンの腕の中。 勝てるとは思っていなかったプリシスは、これすらも計画の一部なのではと疑ってしまい警戒心を解くことが出来ないで、 しばらくしても何のアクションも起こさないために、さらに身体を強張らせる。 ぎゅっと抱き締められているせいでレオンの表情も見えないので尚更である。 しかし呆れたような溜息をつかれて、おでこに唇の感触。本当にレオンが引き下がったようだ。
 意地を張り合ったあとに、簡単に引き下がられてしまうとものすごく申し訳ない気分になってしまうのはなぜだろう。 子供のような悪巧みをしたかと思えば、自分から折れてくれる。 そもそもプリシスから暑いと言って突き放したわけで……レオンに抱き締められてから、素直にお願いすべきだったと自分に呆れた。 やはりレオンはどんな状況でも一枚上手で、プリシスを大切にしてくれるのだ。
「レオン……ありがとう」
「風邪ひかれたら困るから。でも、たまには素直に言ってくれると嬉しいんだけど?これは僕からのお願い」
顔を上げれば苦笑気味に笑うレオンからのお願い。 もちろん頷いたプリシスからも。
「だったら……私の暖房代わりお願いします」

【please/レオンとプリシス】
暑苦しいぐらい暖めてあげると言いでしょう。