ティーカップを手にし、優雅に本を読むレオン。 いつもとなんら変わらぬ風景で、プリシスも隣でマンガを読んでいる。 そして真剣なレオンにおかまいなしに笑い転げるという、他の人には出来ないことを 見事にやって。
しかし、笑い声さえも無視して読書に専念していたレオンだが、切られたように笑い声が突然消えた 不自然さに顔を上げる。 さっきとは打って変わった、眉間にしわを寄せて露骨に嫌な顔をするプリシスの視線を正面から受け止めた。
「……なにか変なところでもある?」
「ある!変すぎる!!」
まさに即答である。質問した側のレオンとしてもまさかこんなにはっきり 答えられるとは思ってもいなかったので唖然とするばかり。 たとえ変なところがあったとしても、普通ならばここまではっきりと本人に向かって言うのも どうかと思うが……。 しかもレオンは、今の自分に変なところなんてまったく見当たらないので疑問が残るばかり。 もしかして顔が変とかって意味?なんてふと思ったが、すぐにそれはただの思いすごしだと 決め付けた。それはもちろん完璧なる顔立ちに自信があるからである。
「僕のどこが変なの?」
「それ……」
「それ?この本のこと?別にいかがわしい本とかじゃないよ?」
「そ、そんなん分かってるよ!その飲み物!」
「飲み物?」
びしっと指をさされたのはレオンが飲んでいたティーカップ。 中身はコーヒーである。特におかしなところなんてなにもない普通のコーヒーだ。 たまに意味の分からないことで騒ぐプリシス。 毎回それに付き合わされて困るレオン。 今回もそのパターンでレオンは首をかしげるばかりだ。
「コーヒーの何が変なの?」
「やっぱり、それコーヒーなんだ!こっちに近づけないで!!」
「はぁ??」
嫌だ嫌だと両手をふって拒絶する。 とりあえずカップを遠ざけるが、それだけでは満足しないようで、プリシスのしかめっ面はそのまま。 しかも鼻を手で覆うことまでしている。 さすがにここまで来れば拒絶原因も分かる。
コーヒーを飲んでいるレオンに対して変だと言っているのだ。 つまりはプリシスはコーヒーが嫌いだという結論へ達する。 よくよく思い出してみると、今までにプリシスがコーヒーを飲んでいるところは 見たことがない。レオン自身も滅多に飲まないし、普段はミルクティー。 それにしてもかなり嫌いらしい。匂いも嫌なようだ。
「確かにそこまで美味しいってわけじゃないけど…好き嫌いは人それぞれだしね」
「そうだけど……でもダメ!その苦い匂い無理!レオンもコーヒーくさい!近づかないで!」
普段から飲んでいるわけでもないので匂いなんて染み付かないが、嫌いな人から すれば強烈な匂いなのだろう。 しかし物凄い言われようだ。たかがコーヒーを飲んでいただけでここまで言われるとは。
プリシスがコーヒー嫌いだというのはいいが、目の前でレオンが飲んでいる のだから、近づくなとまで言われればむっとくる。 レオンは笑顔をプリシスに向けた。
「な、なに?なんで笑顔なの!」
「だってプリシスがおもしろいこと言うからさ。このコーヒーは苦くないよ?」
「コーヒーは全部苦いよ!」
「だから違うんだって」
コーヒーにも苦いものとそうでないものがある。 種類によっては苦味が少ないものもあるし、第一砂糖を沢山入れればいくらだって甘くなる。
プリシスもそんなことは知っているが、それでも”コーヒー”自体が嫌いなので同じなのだ。 いくら砂糖を入れてもコーヒーはコーヒー。 しかしレオンはカップをプリシスに差し出した。
「たくさん砂糖入ってるから甘いよ」
「無理だってば、飲めない!」
「飲める……でしょ?」
「……レオン怒ってる?……い、言いすぎた。ごめんね?怒らないで?」
さすがプリシス。よく分かっているではないか。レオンは怒っているときほど笑顔が輝く。 しかし学習はしていないようで、今更気付いても遅いのだ。言葉だけの謝罪の効果はない。 にこーっと微笑むと、青ざめたプリシスは渋々カップを受け取った。 中の黒茶色の液体を見てから、上目遣いでレオンを見る。ふるふると首を振って無理だと訴えているのだが、 罰としてお仕置きが決定しているので跳ね返す。それでも選択肢を与えてあげた。
「コーヒーを飲むか、僕とキスするのか、どっちか選んで」
要らない選択肢を用意したあたり相当な性格なレオンだが、これでも親切心からの提供だ。
嫌いなものを無理に飲まなくてもいいうえに、代わりにキスがもらえるなんてプリシスにとっては最高でしょ?と勝手に 思っているのが天才レオンの思考。 そして選ぶほうも予想済みなので、手招きすれば大人しくプリシスが膝の上に乗ってきた。
「僕のキスを選んだってことだよね?」
「まだマシだから。それでお願いします」
「……マシって、酷い言い方だな。ま、いいけど。じゃあ頂きます」
「う、うん……!て、おいおい!ちょっと待て待て!話しが違う!そんなん聞いてな……んん!!」
慌てて入るストップの声は、唇を重ねる前にレオンがコーヒーを飲んで…飲み込まないで口に含んだのを見たから。 お仕置きがただのキスで済むはずがないではないか。もちろんこのまま口移しして、その流れでベッドへ連行するのが レオンの企みなのだから。 プリシスの制止は無視して、唇を重ねたのであった。結局はどちらも選ばれた苦い選択肢。

【決定事項の選択肢/レオンとプリシス】