「これ絶対におかしい」
黄色いボディにオレンジのくちばし、赤いリボンがついている自作のアヒルさんのおもちゃ――ゼンマイを回せば足が動くようになっている――を突いて、ずっと思っていた疑問を出した。 身体は温かいが、何かが違う気がしてならないプリシス。とても気持ち良くくつろげる空間ではないのが確かな中で、真後ろにいるレオンはどう見てもリラックスしまくりな様子。
「なにがおかしいの?」
プリシスの肩に顎を乗せながら気持ちよさそうに溜息をつく。 ちぐはぐした違いのせいで、2人がどんな状況下にいるのか分からなくなってしまいそうだが、 説明は一言で出来る。 入浴しているだけだ。単純に2人で。と言ってもこれがプリシスの問題にしていることなのだ。 広いとはいえない浴槽に寄りかかるようにレオンが入って、その腕の中にすっぽりとおさまっているのがプリシス。 水道代や光熱費を削減しようとか、生活費に困っているわけではない。 目的と言えばそれこそ不明で、一体レオンが何を考えているのかプリシスには謎であった。 もしかして変なことをしようと考えてるんじゃ……というのが真っ先に浮かんでしまうのが悲しいが、普段の行いからすれば 十分にあり得ることだった。
「恋人なら普通一緒に入るでしょ?」
「いやいや、入らないって」
当然のように言われてプリシスは即答で否定はするものの、他のカップルが一緒にお風呂に入るか入らないかなんて分からない。 まさかレナに『クロードと一緒にお風呂入る?』なんて聞けるわけもなく、かと言ってセリーヌに『クリスさんと……』などと質問した日には、 あれやこれやと探られるのは間違いない。 結局は相談できるわけもなく、確かに恋人同士なら普通なのかも……と洗脳されてしまっている現在。 そして文句を言いつつもしぶしぶ同じお湯に浸かっているわけである。
「やっぱ入らない気がするけどなー」
「入る入らないの前に、プリシスがボクを誘ってくれてるのかと思ってたんだけど」
「誰が誘うかって」
「でもねー……あんなことしといて、それはないでしょ?」

プリシスは街へ買出しに行っていた。無人君のパーツも切れていたし、シャンプーも無かったし。 その他にも必要なものがいくつもあった。 ちまちまと買うよりもまとめてざっくりと!というのがプリシスの買い物。両手に紙袋を大量に抱えているのが当たり前であった。 そのために晴れた日を選ぶのは、雨が降っても傘を持つ余裕がないからなのだが、バケツをひっくり返したような勢いで急に雨が。 買った物を濡らすわけにもいかずに、着ていたパーカーをかぶせてダッシュで戻ってきたのだ。
一方部屋で本を読んでいたレオンは、数分前から降っている雨のためにタオルを既に用意していた。 迎えに行こうかとも思ったがすれ違いになっては困るので、プリシスを出迎えるために。 そして『なんで急に降るの!ずぶ濡れ!』と帰ってきたことを知らせるプリシスの文句が玄関から聞こえたので リビングのドアを開けたところ……プリシスの姿はなく、点々と続く水の後とある物が続いて落ちていたのだった。
「なにが落ちてたのか順に教えてあげようか?」
「いや……結構です」
「まずは買い物袋が散乱してて、パーカーがあって…」
乾いた笑いを浮かべるプリシスにかまわず、レオンは頼んでもないことを親切に教えてくれる。 パーカーの後には短パン。続いてTシャツにキャミソール。行き着く先がバスルームだったと。これがレオンの言う『あんなこと』だ。 ちなみに買ったシャンプーだけはきちんと持参。 直行でお風呂に向かって蛇口全開でお湯を入れたプリシスは、どうやらヘンデルとグレーテルが家に帰るための道標を 残してしまったようだ。そしてレオンを招き入れてしまったらしい。
「これは僕にもお風呂に入って欲しいってことだと思ったけど?」
極端な考えに呆れるプリシスだが、脱ぎながら廊下を歩くという自身の行動にも問題有りで、 だらしなく服を脱ぎ捨てていたことが原因なので強く言い返せない。 水分を吸って身体にまとわりつくのが我慢できなかったという言い訳は理由にならない。

だとしても普通に風呂に入ってくるレオンにはもっと問題有りまくりだ……と思っているのに、流れにまかせて髪を洗ってもらって しまったプリシスは更に抗議しにくい状況に自分を追い込んでしまったばかりなのだ。 新しいシャンプーを髪につけようとした瞬間にレオンは入ってきて、注意する前に髪を洗われていて、それが丁寧で気持ち良くて、 しかもリンスまでしてもらったりして……今更文句を言える立場ではない。それにお互いにタオルは巻いており、何も起きていない。とは言え緊張するのだ。いくら相手がレオンでも。いや、レオンだからこそ。
「疲れる」
「今なら肩もんであげるよ」
「この私の胸に置かれている手を見ると、肩をもむきなんてまったくないように見えるけど」
やはりちょっとしたことをしてくる。何をしでかす気なのか分からない。腕を払って睨みつけたが、まったく気にしてないレオンは警戒するに越したことは無い。
「変わりに背中でも流す?」
「結構です!」
「隅々まで洗ってあげるから」
「絶対に嫌だ!!」
「遠慮はいらないよ?」
「してないから!!」
声にエコーがかかり、二重三重にも聞こえて怒鳴るほど五月蝿い。 仕舞いには、ばしゃばしゃと手を動かしたせいでお湯が飛び散って、もう何がなんだか。 怒っているようにも見えるし、遊んでいるようにも見えるマヌケなことになっている。 対してレオンは相変わらずの笑顔。 もとよりプリシスの抗議はレオンにとっては何の障害にもならない、発言力の薄いものだ。 悔しく思いながらもこれ以上の抵抗は無意味だと判断して諦めた。
「もういいよ……今日は一緒に入ってもいい」
「ありがと。……でも、なんか上から目線だね?そもそも悪いのは誰なのかな?ねぇ?」
「レオン」
「僕が悪いの?どういう経緯でこうなったのかもう一回説明しようか?誰が悪いと思う?僕?」
なんだこいつは、という言葉は心のなかで留めた。許可をしたのに不満があるらしい。 加えてお腹を撫でる図々しい手まで出してきた。 誰が悪いと聞かれればレオンが悪い……と決め付けたいのだが、服を脱ぎ散らかした事実がある。 原因を考えれば、雨が降ったせいで風呂に直行したわけで悪いのは天候……買い物に出かけるタイミングが 悪かったのか……更に言うならばシャンプーが早くなくなってしまう長い髪の毛のせいか。
さかのぼって考えるほど複雑になって関係ないことすら原因の一端だと思ってしまい、諦めモードのプリシスは如何とでもなれ状態。レオンが言うには 恋人同士ならお風呂だって一緒に入るらしいし……?で締めるのであった。 毎度のパターンでレオンに上手く丸め込まれたプリシスがこの先どうなったのか、知るものは湯船に浮かぶアヒルさんだけである。

【アヒルさんの知る洗脳結果/レオンとプリシス】