「ねぇねぇ!」
「なになに?」
はしゃいで後ろから抱き着いてきたプリシスが2回も投げかけてきたので、同じく2回聞き返す。 機嫌が良く最高の笑顔を浮かべているのは容易に想像できるので、 手元にある資料に目を通したままでも良かったのだが、あえて振り返るのがプリシス大好きなレオン。 せっかくの可愛い笑顔を見逃すことなど出来るはずが無い。
予想通り笑顔なプリシスは、更にぎゅっとしがみ付いてきて、頬をすり寄せてくる。 どうやら言葉には出来ないほど嬉しいことがあったようだ。 無人君の新パーツが完成したとか。研究の課題がうまく出来たとか。ただの発情期……とか。
最後のはさすがにないだろうと飢えている自分に内心呆れながらも、こんなにもプリシスを 喜ばせる理由が気になるが、話しを聞くという選択肢は可愛い彼女を抱き締めたいという 欲望にあっさりとかき消された。抱き締めて、キスをして……この先は自主規制で。
思いついたらすぐさま行動に移す。さっそくレオンは実行すべく背後にいるプリシスと向かい合わせの体制に なろうとするのだが、意外にもプリシスの力が強くて後ろから回された腕をほどくことができない。 どころかどんどんと締め付けられているのは絶対に気のせいではない。
「ちょっと苦しいんですけど……」
「〜〜だーーー!!やっぱり!」
「ぶっ!」
大声と共に突き飛ばされ、無様に顔面から床に突っ込んだ。
プリシスの意味不明な行動は今更だが、難問すぎる。どういうルートを辿って、笑顔で密着から 怒りの突き放しへと変化してしまったのか、まったく理解できない。 さすがに文句の一つでも言っておきたいレオンだったが、一人地団駄を踏みながらも激流のごとく文句を次々と 並べるプリシスに話しかけるのは危険だ。地雷を踏んでしまってはひとたまりも無い。 おかしなものでも拾い食いしたのではないかと心配しながら見守ることしかできないレオンだったが、 やっと鬱憤が晴れたようで肩で息を整えているプリシスに睨みつけられた。
「な、なに?僕なんかした?まだ何もしてないよ?してないよね?」
「えぇ、そうですとも。レオンはなにもしてない」
「じゃあ、なんで」
「……って思ってるだけで、かなりされてるよ。ってかこれは無意識にだけど、今実感した!」
未だに難問は解けずに首をかしげるばかりのレオンだが、怒りの原因が自分にあると言われてしまっては状況は変わってくる。 確かに今からアレな方向で流れを持って行こうとしたのは認めるが、まだ未遂である。まだ悪いことは何もしていないのだ。 それを意図的に作り出されたであろう甘い雰囲気に引きずり込んで、乗りかかったところで壊すなんて、プリシスこそひどい仕打ちじゃないか。 此処最近も忙しくて大人しくしていたし、あれこれと文句を言われる立場ではないのだ。
レオンは得意の嫌味顔でプリシスを睨み返す。どこぞの支配者のような余裕たっぷりの笑顔は反撃の証。 怒鳴られているのは、らしくない。プリシスよりも優位なポジションにいるのが本来のレオン……のはずだったのだが、 口を開く前に『やかましい!』とラグビーのタックルのような突進をしてきたプリシスに押し倒された。
「……もしかして欲求不満?」
「そんなね、簡単に解消できるものじゃないのですよ。私の悩みは」
「なんならこのままやってもいいよ。たまにはプリシスが攻めで」
「これはすぐに解決できない。でも解決したい!レオンは痩せすぎ!ねぇ、私って重い?」
「はい?」
こちらの話しは一方的に無視して投げかけられた質問に、レオンはやっと理解することが出来たのである。
プリシスの不機嫌な理由。それは軽いか重いか。痩せているか太っているか。多分これだ。 背後から抱きつかれたのは腰回りを測ったのかもしれない。 つまりはレオンが痩せているのが気に入らないということだ。
プリシスに言うと激怒するだろうし失礼なことだと思うが、そんなことで怒っていたとはまったく思っていなかった。 重いかと問われても、不真面目な話いつも上に乗っているのはレオンのほうなので分からない。 しかし、見下ろしていたプリシスがかなり細いことは知っている。身体のサイズからしてもレオンよりも細いし軽いことは確かだ。
「レオンはこれから食事5回。おかわりはかならず3回はすること!」
「んな食べられるわけ……」
「口答えなし!あんたは生活のリズムが不規則なのよ!だからそんなにチビなの!」
プリシスも規則正しい生活をしているとは言えないし、身長が伸びたレオンをチビ呼ばわり。 むっとしたレオンが今度こそと反撃に出ようとするが、どうやら今日のプリシスは一枚上手のようだ。 バシっと両手で頬を叩かれ『体重プラス5キロ!』と目標を勝手に設定されると、まだ文句を言いながらも立ち去って行った。 ひりひりする頬をさすりがながらも、今後の食生活に不安を抱くのであった。

案の定、翌朝からはとてもではないが一人では食べきれないぐらいの、冬眠でもするための蓄えのごとく、
大量のメニューがテーブルを飾り、プリシスの無言の圧力によってレオンは体重プラス5キロを目指すのはめに。
【目標プラス5キロ/レオンとプリシス】