学校が終わった。テストも終わった。宿題もない。明日は休日。解放感と好条件ばかりで、 スキップるんるん、晴れ晴れとした気持ち……だったのは、過去の話。頂点から一気に転落し、 帰宅したプリシスのテンションはガタ落ち。ソファーにうつ伏せに寝転がりながらも、とてつもない自己嫌悪に陥っていた。

立ち寄った研究所。そこで偶然見てしまった姿。 相手が誰なのか分からないが、とても綺麗な女の子。笑顔がとても優しくて、雰囲気が柔らかくて、風で流された髪を耳にかけるだけの動作さえも、 見入ってしまうほどの年上の綺麗なお姉さん……と、楽しそうに話をするレオンを。

これが原因だ。たったこれだけ。ただ話している姿を見かけただけ。よくある日常風景。同じ研究所の人ならば話をするのは当たり前。 むしろ同じものを目指している仲間ならばきっと会話も弾むだろう。だから、気にすることなど微塵もない。 それなのに今日は、もやもやしたものが心に渦巻いている。しかも、この気持ちの落ち込み原因を自覚しているのが複雑なところだった。
まさか、まさか。そう、まさか、こんな気持ちを持つなんて、考えられなかった。これは完璧なるやきもち。
まだクロードを王子様と猛烈アタックしていた時は、レナにも少なからず嫉妬していたことはあった。 しかし、現状は大きく変わって、クロードへの好きは兄のようなもの。異性としての好きと、当たり前のように側にいるのは、レオンだ。
初めこそ生意気で俗にいうツンデレ的なレオン少年も成長したせいで、恐ろしいぐらいに裏と表を使い分けるオールマイティーになっていた。 あんなに偉そうにしていた初対面の時が嘘のようだ。年上からも年下からも好かれている。とくに女性から。 今までプリシスが妬かなかったのは、付き合いが長いので信頼していたというのもあるが、レオンが必要以上に愛情を注いでくれているからだ。 それこそやめろと突き放すほどしつこいスキンシップだとしても、大切にされているのは分かる。だから何も心配したことがなかったのだ。つまり……。
「自惚れてたってこと……」
思わず口から出てしまった言葉に、向かい側で本を読んでいたレオンが顔をあげた。こちらの不機嫌オーラを感じ取ってくれていたようだ。
「勉強できると思って、何も準備せずにテストに臨んだらボロボロだったの?だから言ったじゃないか、ちゃんとやりなよって。 学校のペーパーテストはいつも成績悪いんだから、勉強サボらないほうがいいよ」
見当違いなくせに、失礼なことをずけずけと。今回のテストは手ごたえがあったのだ。勉強だってそれなりにやった。 しかし、レオンもエスパーではないのだから、プリシスの気持ちなんて知るはずもない。
「ねぇ……私とレオンって、ちゃんと付き合ってるんだよね?」
「いつも可愛がってあげてるでしょ」
「それだけの関係……」
「……なんかあったの?」
「……あーー。違うの。ごめん。そういうことが言いたいんじゃなくて。……ごめん」
苛々した気持ちがレオンへのやつあたりになっている。冗談に捻くれたことしか言えない。 プリシスはそのままクッションを抱きしめ顔を埋めた。申し訳なくてレオンを見ることが出来ない。
「いじけて、どうしたの?」
「なんか、今更になってね……自分でも驚いてるんだけど、初めて、なんか、すごく悔しいっていうか。 その、さっき研究所に行ったんだけど……レオンが、綺麗なお姉さんといて。すっごく似合ってたから。今までなんともなかったのに。レオンが……取られちゃうって。焦って。もやもやして」
ネガティブ思考のせいで、知らないところで他の女性と楽しそうに話さないで欲しいとか、自分以外に笑顔を向けないで欲しいとか、 とんでもないことばかり願いそうな馬鹿さ加減に、相当嫉妬深くて、我儘なことを今更に知ったような気がした。
歯切れの悪い言葉を並べてしまい、自分でも意味が分からないものがレオンに伝わったとは思えず、プリシスは恐る恐る顔をあげるが、 なぜか驚きの表情でぽかんと口を開けているレオンがいた。今度はプリシスが聞き返す。
「どうしたの?」
「それって、まさか……やきもち?」
信じられない……と言わんばかりのレオン。そんなに驚くことだろうか。こんな些細なことで妬くなんてと、 呆れられているのかもしれない。じっと見つめられることに耐えられなくて、視線を背けようとした時だ、レオンが自身の手で顔を覆ったのは。そして指の間から見える顔は真っ赤だった。
「レオン……?」
「いや……ご、ごめん。突然で。プリシスが、そんなこと言ってくれるなんて、思わなくて。嬉しくて顔がゆるむ」
プリシスも思わずぽかん。これが驚かずにいられるか。なんと、レオンが照れている。たったこれだけのことでレオンが照れているのだ。 妬かれることの、なにがそこまで嬉しいのか疑問に残るところだが……普段から抱きついたり、キスしたり、あんなに可愛がってくれる行動を思い返せば……納得できる気がする。
「今までどれだけ僕が妬いたことか。プリシス危なっかしいし、誰とでも簡単に話しちゃうから。あんま独占欲出すと邪険にされるし。 なのに僕が誰と居ようと無反応だし。だからプリシスがこうやって妬いてくれるのが嬉しい」
「……喜ばせるつもりで言ったんじゃないもん」
「でも嬉しいものは、嬉しいし。出来ればもっとやきもちやいて欲しいけど、そんな心配は一切不要だって言っておくね。 僕の一番はプリシスだし、僕のほうが何倍も嫉妬深いし、独占欲強いこと知ってるでしょ?はっきり言うけど……逃がさないよ?」
最後は、いつもの余裕たっぷりの笑顔。ここまで言われて、まだ嫉妬心を引きずれる女の子はいないと思う。 うわぁ、愛されてるなぁ……なんて他人事のように思ってしまうのも、あんなに思いつめていたのが馬鹿みたいと片付けてしまうことも……完璧な自惚れだが、 レオンのせいだ。仕方がない。出来ることといえば負けないぐらい、レオンを好きになっていくだけ。おいでと優しく手招きされ、プリシスは素直に応えた。

【喜ばしきネガティブ/リクエスト レオプリでプリシスが妬く話】