地球での生活がこんなに大変だとは思っていなかった。いや、地球での生活ではなく、他人と生活することが……もっとはっきりと言えば、4歳年上の女の子と生活することが……この際はっきり言おう。プリシスと日常生活を共にするのが、色々な意味でこんなに過酷だとは思っていなかった。
学者としては幼すぎる少年は、良い意味でも悪い意味でもそれなりに名の知れた存在となっていた。王室研究所で最高責任者となり、対魔物用のラクールホープの開発にも携わる知識は確かに天才と言うべきものなのだが……旅を経た今だから気づいたことがある。
自分には決定的に足りないものがある。そして痛いほど実感したのが、いくら知識があったところで所詮は子供だったということだ。生意気な子供だった。こんなことを考える時点で十分に思考は大人であるが、自信を持っていたぶん事実が痛かった。それだけのことを経験したのだ。
だからこそ目標を掲げている。地球に留学して学ぶチャンスを得たのだから、天才と言われた頭脳を生かしてもっと多くのことを学ぶ。そして自分の足りないものを探し出す。 見つけ出すことが出来れば今よりずっと成長できるはずだ。こうして地球での生活を始めたが……苦難の生活の幕開けでもあった。
レオンは苛立っていた――

数々の問題が発生した。
人が食べで無事で済むとは思えない、すさまじい出来栄えの料理を朝食に出されたことがあった。無人君の接続に失敗したのか、大爆発を起こして部屋の一部を吹っ飛ばされたこともあった。更にはシャワー後にかなりの薄着で平然と目の前に現れたことも。
これが一番酷かった。いくらレオンが年下だからと言っても、男なのだから。しかしプリシスに批難の視線を向けても疑問符を浮かべるのだから、完璧に子供扱いされている。そして言い争いになるのだ。
「そういうのやめてくれない?すごく迷惑」
「失礼な!私がいつ迷惑かけたっていうのよ!そういうレオンはいちいち生意気!」
「年上がしっかりとしてくれないからそうなるんだよ。考えて行動できないわけ?プリシスお姉ちゃん?」
これで本当に4歳も年上なのだろうか。とでも信じられない。プリシスのことをお姉ちゃんと呼ぶことに疑問すら残るのだが、これはある種の嫌味も含まれていたりする。
同じく同居人であるレナは、性格からしても姉のような存在だった。レナとプリシスはたった1歳しか違わないはずなのに、この差はなんだ。
結局は2人同時に鼻息荒く顔を背けて自分たちの部屋に戻るという、最悪のパターンで終わるのだ。

――これでは落ち着いて勉強するどころではない。
少し距離を置くべきだ。低レベルで無駄な言い争いも無くなるだろうし、毎日を静かに過ごすことが出来る。嫌いなわけではないが苦手。嫌いなわけではないが鬱陶しい。根本的に合わない……そう思っていた。
だと言うのに、どうしてこんなことになっている。どうしていつの間にか、こんなに……。
レオンが感じる不満や苛立ちは、プリシスに対して五月蠅いとか、やかましいとか、そういう文句ではなくて、そんなプリシスのことがいつの間にか気になっていた……好きになっていた自分自身にだ。
絶対にあり得ない。これはただの勘違いだ。なんでこんな子供っぽい奴を好きになる。そんなはずがない。絶対に違う。 しかし、何度も自分に言い聞かせて脳裏から追い払おうとしても、視線でプリシスの姿を追っていることに気づいてしまっては、認めざるを得ない。
きっかけはなんだろう。
それは落ち込んだとき、プリシスの明るい声に実は励まされていたこと。それは軽い口喧嘩も本当は元気づけようとしてくれていたこと。 それは普段は無駄に明るいくせに、偶然見かけてしまった今にも泣きだしそうな横顔を見てしまったこと。 それは稀に見せる笑顔の裏にある沈んだなにか。
無意識に視界の端に捕らえていたからこそ、レオンは色々なことに気づいてしまったのだ。
プリシスのことについては、ほとんど何も知らなかった。リンガに住んでいて、エクスペルでは珍しい部類に入る発明家を目指している……ぐらいだ。だからレオンにはプリシスの抱えているものが分からない。だからレオンはそれを知りたいと思ったのだ。
目標を確実に達成する必要が出てきた。自分に足りないものを探し出すどころか、もっと成長しなければならない。姿も心も強く成長しなくてはならない。年の差なんて簡単に埋めて、逆に追い越してやる勢いで。
たった4歳、されど4歳の差である大きな壁を崩すために、まずはプリシスお姉ちゃんは卒業。
「絶対に追いぬいて見せるからね、プリシス」

【リクエスト/プリシスお姉ちゃんからプリシスと呼び捨てに変わる、思春期レオン】
五月蠅い→いつの間にか気になって→好き?→好きだ(ツン)→プリシスは僕のだけど?(完璧デレ)……とレオンは変化する