シュタインが部屋を出たのは、スピリットがひとしきり怒りをわめき終えて落ち着いてからだった。 肩を落として後ろを歩いている今でも、ぶつぶつと文句を言っているのだから、相当ダメージを与えてしまったようだ。 シュタインとしては馬鹿にしているつもりはないが、発言が的確なものだと分かっている。
相手の弱点を突くのは当たり前の戦法だ。それは戦いにおいても、日常においても。 それに多少言ったところでこの先輩ならば大丈夫だと知っているからのことだ。 普段は確かに女タラシでどうしようもないところはあるが、デスサイズだけあって強い。常識も持ち合わせている。 そして危ない自分を止めてくれる唯一の人……だった。もちろん今でも暴走した力を制御してくれるだろうが……しかし、もっと 違う存在を知ってしまった。
おもしろいことに、彼女が……マリーが必要なのだ。 だから先ほどスピリットの提案を受け入れることは出来なかった。 そうでなくとも、怖いのだ。狂気に呑み込まれかけている自分と波長が合うのか。 波長を合わせることが出来ても、狂気がマリーを一緒に呑んでしまうかもしれない。癒しの効果をもった彼女には考えにくいが、あまりの大きさに抗うことができないかもしれない。そんな不安要素がある中で、さらにトレーニングをして波長を乱すことは出来るはずがない。 もしマリーと波長が合わなくなったりしたら……

「おい、シュタイン。どうした?」

肩を叩かれて、思考が沈んでいたことに気付いた。
眉を寄せているスピリットはさっきまでの怒りの表情ではなくて、 不安と心配が色濃く浮かんでいる。学生のときから何度も見てきた。結局いつも心配をかけて しまっている。だから近い最後まで面倒をみてもらおう。

「俺は……職人じゃなくなるかもしれない」
「何言ってんだ?」
「もしマリーと波長が合わなくなったら……」

……もう職人ではなくなるだろう。
マリー以外はパートナーにできない。武器はマリーしか使えない。だからマリーが居なければ職人ではない。
意味を読み取ってくれたスピリットが驚いているのが分かる。自分でも驚いているのだから当たり前だ。 一人に依存してしまうなんて不思議でならない。執着しているなんて、笑えるほどにおもしろい。 これは愛情ではないだろう。愛なんて最も縁のないそれこそ未知数のもの。 それなのに彼女の身も案じているのは、プランもない利用目的?これが愛情?ちぐはぐした感情は邪魔なだけだと分かっていても 手放すことを拒んでいる。 一度掴んだ手を離そうとはしない。道連れにしようとしている。 本質的な欲求が望んでいることは最悪な考えだが――きっと押さえることはできない――なのに頼んでいるのは残っている理性が偽善なんだ。

「俺が壊れたらマリーを遠ざけて。デスシティから……俺が追いかけられないところまで逃がして」
偽り出した願いを壊すのは誰でもなく。俺から逃げられるはすがない。俺が逃がすわけがない。
【六萬打リクエスト企画/思いの強さはシュタ→→→←マリくらいでシュタインがマリーに執着】