信仰心の篤いオリジナルの神父服を纏うが、不釣合いのイヤホンを大音量で響かせている少年は、これまた不釣合いの 大量排気を撒き散らすバギーを降りて街に入った。死武専まで後1時間ほどの距離まで来たが、ほぼ不眠不休で愛車を 走らせてきたので、さすがに水分ぐらいは補給しておくべきか。 この街はまだ生きが在る。適当な店を探し人ごみの中を進むが、それなりに賑わっている街並みや雰囲気からして 害はないようだ。おかげで大音量のイヤホンも目立つことはない。 道行く途中で、誰一人として出歩いていない暗闇に呑まれたかのような村や街を通ってきた。 数日前まではのどかな景色だったであろう空も木々も、太陽が昇っていながらも本来の生き生きした姿ではなく、 そのギャップが一層悪くなる現状を見せ付けていた。全てが変わってしまったわけではないだろうが、どこも時間の問題だろう。 世界が狂気に呑み込まれ始めたことは確実だ。
死武専からかかった緊急召集。予想はしていた。それは近くに鬼神が復活するであろうことを予期していたからなのだが……。 魔女がなにか企んでいると各地で噂は広まっており、おかしな動きもあった。 もちろん死武専も当初から何かしらの対策を考えていたはすだ。しかし防ぐべきものは防げず、結果的に鬼神は復活したのだ。 これは最悪の結果……なのであろう。
だから少年は死武専に向かう。やるべき事があるから。己を導くものに従って。
だから少年は彼女に会いたくなかった。やるべき事があるから。何かを裏切ることになっても。
だと言うのに捕まってしまったのは……神の罰だろうか。物凄い力で腕を引っ張られたせいでイヤホンが落ちた。 久々に聞いた人の声だが、思い当たる人物がすぐに浮かんでしまうのはそのせいだ。

「ジャスティン!!」

名を呼ばれて振り返った少年ジャスティン・ロウの目の前には喜びに顔を輝かせた女性。 左目の眼帯に雷神を刻み、小柄ながらも「粉砕するもの」を意味する力を持ち合わせ、尚且つ「癒しの波長」をも放つ デスサイズス……マリー・ミョルニル。 若干厄介な能力だが、それよりも彼女自身がとても……面倒で脅威になりうる。 担当地区オセアニアから死武専へ行くルートの真逆であるこの街に、どうして彼女がいるのかは聞くまでもなかった。 此処で出会ってしまったのは、噂に聞く迷子という才能。

「あぁ、良かったぁ……ジャスティンに会えて。このままずっと彷徨い続けるはめになるかと思った」
「……ならば早く行きましょうか。バギーなら死武専まではすぐですよ」

予定はすぐさま変更された。もとより並みの体力ではないので疲労はあまりない。それよりも一刻も早く彼女から離れたくて、 そのために安堵の溜息をついている彼女の手をとって、来た道を引き返す。手を離せばはぐれてしまいそうで、ならば置いて行けば良いのだろうが、 仲間と言う立場である今は出来ない。 それでも距離を置くためにイヤホンを付けた。ある種の自己防衛。周りの存在を消し己の世界に閉じこもる。 余計な話しは聞かないように。特に彼女の話しは聞くべきではない。信仰するものの為に良心を捨てるべきときもある。
鬼神は復活した。だから少年は死武専に向かう。やるべき事があるから。
それを彼女はどうやって受け止めてくれるのだろうか。繋いでいる手をどうやって拒絶してくれるのだろうか。

凶兆は道化師の導きから

あなたを悲しませることになっても、そんなこと私にはどうでも良いのですよ。
【凶兆は道化師の導から/ジャスティンとマリー】