すでに外は明るいというのに差し込んでくる光は少ない。相変わらず薄暗い研究室のソファーに座っている一人の人物。起きているのか寝ているのか区別がつきにくい表情で、ただぼーっと天井を見上げているのは此処の主であるシュタインだ。興味があれば必要以上に執着するが、逆に関心がなければ本当に冷たい。加えて朝はめちゃくちゃテンションダウン。完璧な無気力状態にも見えるが、ちょっとややこしい事態になっている。
そこにやって来たのは同じく寝ぼけ眼のパートナーであるマリー。眼帯で覆われていない右目の瞼は今にも下がりそうだ。シュタインへ視線を向けることなく『おはよぉ』と言うと、キッチンに入った。眠気を吹き飛ばすという意味もあり、コーヒーを淹れてくれる。これだけならば、ただの日常風景なのだが、問題が一つ。これがはっきり言って大問題の分類に入るトラブル。シュタインの姿を見れば一目瞭然でその異変に気付くはずなのだが、マリーが見事にスルーしてしまったので、とりあえず数分前に遡ってみよう。

いつもと違う何かを感じてシュタインは目を覚ました。だるい身体を起こして覚醒しきっていない脳で考える。何がと言われると分からないのだが、何かがおかしいのだ。何かが違うのだ。 まずは目に見える範囲で確認する。正面を見て違和感。視線がいつもより低い気がする。座っているベッドを見て違和感。こんなにこのベッドは広かっただろうか。自分の両手を見て違和感。こんなに手は小さかっただろうか。そして無意識のうちに癖である頭部についたネジに手が伸びるが……その手が触れたのは左耳。ネジがない。さすがに異変を感じてシュタインは洗面所に向かった。道行くだけでも違和感の正体に気付きつつあったが、洗面所に到着して”背伸びして”鏡をのぞき……あぁ、なるほど。違和感の正体はこれだったのか。だったらネジもないはずだ。と納得して一件落着……なんて終わりにされてしまうのは困るので、はっきりと事態を告げておこう。
もうシュタインの身になにがおきたのか想像するのは容易だと思うのだが、ずばりその通りで、姿が子供に戻っているのだ。

そして現状に戻る。年齢的には死武専学生時代ぐらいだろう。まだ顔に傷もなければ、もちろんネジもない。今に比べればなんて可愛い。科学的な考えを軸にするシュタインだが、この世界、魔女やら死神やら死人やら、ファンタジーホラーなので、姿が子供に戻るのも不思議と素直に受け入れられる、と思えるのはさすが死武専最強職人。恐らく元パートナーの先輩に言わせれば、ただ感覚がおかしいだけだときっぱり言われるだろう。正常な一般的反応は、大慌てするところだ。となると、現パートナーである粉砕ちゃんも、それは派手なリアクションをしてくれると思われる。面倒になるので黙って避けたいところだが、元の姿に戻れる保証もないし、共同生活のために当然ばれる。だからなるべくソフトに現状を把握してもらいたいのだ。
キッチンから出てきたマリーはいまだに覚醒前で、両手に持っているコーヒーを落としやしないかと心配になってくるレベルだ。テーブルにカップを置くと向かい側に腰掛けるが、シュタインはマリーの視界に入っていないらしい。まだ気付かないで、うつらうつらと肩を揺らすので、仕方なく声をかけようと思ったとき、マリーの視線が一瞬こちらを向く。そして再び目を閉じる……ところで、はじかれたように顔をあげた。右目がまじまじとシュタインに向けられる。
「やだ……。私ったら、寝ぼけて家を間違えたのかしら」
「いくらなんでも、それはないでしょ」
「……確かに。この陰湿な空気は間違えるはずもない。ツギハギ研究所だわ」
「陰湿で悪かったね」
「もう慣れたから逆に落ち着いてきたけどね」
「それはなにより」
「でも、喜んでいいのか悪いのか……って!そんなことより……あなたは?」
「……見覚えない?」
「もしかして死武専生……?ごめんなさい、私まだみんなの名前と顔を把握してなくて」
「元ね。元死武専生」
「元死武専生?その年で?」
「今の見かけよりだいぶ年齢は上だから。……分からないかなぁ、マリィー?」
困惑気味の表情を見つめ返す。ここを漫画で表現できれば子供シュタインに大人シュタインの姿が重なる描写が出てきて分かりやすいのだが、文字のみでのお届けになるので、マリーは欠片も気付かない。姿も幼くなり声も高くなっているので、会話の流れで気付けというのは無理があるかもしれないが、シュタインからすれば多少は察して欲しいところだ。
しかし、互いに目を逸らすことなくしばらく睨みあい状態が続くうちに、次第にマリーの表情は分かりやすい変化を見せ始めた。何かに気付いたように小さく口をあけ、眉をひそめる。大きく見開いた眼は、それこそ喧嘩でも売っているかのように細められ、考えるように唇に指を当てる。彼女の頭上には感嘆符や疑問符が浮かんでは消えているのが容易に想像できるぐらいだ。
「……まさか、でも、ちょっとまって。そんなこと、あり得ない。でも、ううん。そっくりだもの。うん……私たちが死武専に通っているときとそっくり。信じられないけど……ま、まさか、あなた、シュタイン……」
アイコンタクトで意思疎通なんて、なかなか出来るものではない。うん。さすがマリー。だからこそ続く余計なひと言がなければ、さすがパートナーと、締めくくることが出来たというのに。
「シュタイン……の隠し子!?」
思っていることをストレートに言ったようだ。うーん、その発想はなかったな。

【ネタであってもリアルにはない シュタイン編/シュタインとマリー】
続きはマリー先生編へ。