生徒の波を縫ってずんずん前へ進むマリーは、しっかりと少年の手を掴んでいた。半ば引きずるように引っ張っているのは、頭の中がいまだに混乱しているせいもあるが、それよりも、嘘でしょ!?まさか、こんなことが実際にあるなんて、おもしろすぎる!!と言う、あくまでも楽しいという感情から、いち早く他の人にも知らせるためだ。 強引に引きづられている少年は、どういうわけか○十年前の姿に戻ってしまったシュタイン。面倒・迷惑・だるい、とあからさまに表情に出ているが、マリーが気にするはずもない。
これは一大事だ。なんとしても元の変態眼鏡野郎に戻してあげなくては。……そう、普段の屈辱を思う存分に晴らしてから。
大人げないと言われても構わない。それだけマリーの心は病んでしまっているのだ。数々の苦悩が脳裏に蘇る。相変わらず恋に捨てられるねと嫌味を言われたり、君はそうやってなんでも破壊するからと呆れられたり、へぇ、そんなに俺に×××して欲しいんだとへらへら笑われて……ここからは駄目!教育上に良くないからカット。つまりだ、シュタインよって精神的にも肉体的にもそれはもう、深く酷く惨い被害(やや大げさ)にあっているのだ。だから、大人と子供という差でマリーが有利な今、シュタインをからかって遊ぶことを最優先に考えてしまう。こんなチャンス一生ない。 そして、マリーは同じ感覚を共有しうる人をまず見つけた。シュタインの元パートナーだったせいで、実は過去に身体を実験に使われてたとか言う先輩、スピリットだ。
「スピリットさん!おはようございます!ちょっとこれ、見てくださいよ!」
走ってスピリットの前に先回りしたマリーは、挨拶もそこそこ、ぐんと力任せにシュタイン少年を前に突き出した。
果たしてスピリットは正体を言い当てることができるだろうか。ちなみに『シュタインの隠し子!?』なんて失礼なことを言ってしまったマリーは、一から説明をしてもらい、その表情や嫌味たらしい雰囲気を察して、やっと本人だと納得したわけだ。
「はいはい、おはよ。ふわぁ……朝からテンション高けーな……」
ローテンションなスピリットがあくび交じりに返事をすると、視線はもちろんシュタイン少年へと向く。けだるそうな目は次第に細められ、シュタインにとっては本日二度目の睨めっこだ。マリーはそわそわした気分のまま様子を見守る。ネタバレは禁止なのは知っているが、早くこの少年の正体を明かしてしまいたくてしょうがない。シュタインなんですよ!?これがあのシュタイン!こんな可愛くなっちゃって!って言いたい。必死に我慢している間も、スピリットは眉間を人差し指でぐりぐりと刺激しながら、記憶を手繰り寄せているようだ。
「なーんか、こいつ、見覚えがあるんだよな。初めて会ったはずなのに、初対面って気がしないっつーか。誰かと似ている気がしてならないんだが。……しかし、あまり深く考えると、俺の嫌な過去がありありと思い出されるようで脳が拒絶しているような……」
シュタイン被害者ならば正常な反応。マリーにもその気持ちは半分ぐらい理解できる。しかし、正体には気付いていないようだ。考えられない展開なので仕方もないが、この世界、魔女やら死神やら死人やら、ファンタジーホラーなので、なんでもありなのだ。
「誰かに似ているような気がするが……」
「スピリットさん、よーく見てください。本当に分からないですか?こんなに可愛いのに」
言いながらもマリーはシュタインの頭をぐりぐりと撫でる。背の高い大人の姿の時には絶対に出来ないことが出来る。 なんて楽しいのだろう!撫でるなんて優しい表現からは遠く、脳がシェイクされる勢いで頭がぐらぐらと揺れているシュタインは完璧にマリーのおもちゃ状態だ。
「でも、分からなくて当たり前ですよ〜?私も全然気付かなかったんですもん。事実を知れば絶対におもしろいことになります!」
「なんだなんだ?その訳ありな感じは」
「うふふ、実はですね。この子は……」
この瞬間を待ってましたと、意気揚々と正体を明かそうとしたマリーだったが、ここで思わぬ妨害に合うのだった。
予想外にもおもちゃになり果てたシュタインが口を挟んできたのだ。
「ねぇ、母さん。変な奴と話してないで、早く父さんのところに行こう。父さん、待ちくたびれてその辺の人を解体しちゃってるかもよ」
少年が言う。一瞬でその場の空気が固まる。瞬時に意味を理解したスピリットが、少年を見て、マリーを見て。そして狼狽をあらわに一歩後ろに下がった。口をぱくぱく開けているのは、あまりの驚きように言葉が出ないようだ。 しかし、それ以上に脳内が機能停止しているのはマリー。
「……そうだった、のか。俺は、全てを理解したぞ。どーりで初対面じゃないと思ったはずだ。似ていて、当たり前だ。ま、まさか、シュタインの……シュタインとマリーの間に子供が……ぐへぇ!?」
「んなわけあるかぁ!!」
言いかけたスピリットを力の限りぶん殴った。
シュタインとの子供だって?まさか。私の子供ならば、もっと健康的で、元気で、明るくて、笑うとバックに花が咲くような子に決まっている……っ!!どこからくる自信かは分からないが、とにかく否定したくて、真逆のことを言う。
宙を舞うスピリットが無残にも床に落ちると同時に、マリーは鋭い視線をシュタインに向けた。しかしシュタインは子供とは思えない――実際姿だけが子供なのだか――厭らしいへらへらした笑いを浮かべ……。
「ん?なーに?母さん?」
どうやら、遊ばれたのはこちらのようだ。母さん、違うから!このクソガキ!憎たらしい!

【ネタであってもリアルにはない マリー編/シュタインとマリーとスピリット】
続きは梓編へ。