この先輩たちは、何がやりたいのだろうか。まさか死武専でコントでもお披露目しようとしているわけではないだろう。しかし、この状況を見た限りだと、つまらないネタを見せられているようで――生徒からすれば、おもしろい見世物のようだが――野次馬で群がりつつある生徒を教室へと追い払った梓は、息を吸うのと同じぐらい当たり前になりつつある、溜息をついた。
廊下を歩いていた梓が窓の外に見た光景は宙に浮かぶスピリットの姿だった。 時間がコマ送りで止まる。空中でもがくスピリットの姿が色々な視点からワンカットずつ写される。どこかへ吹っ飛んだ白目と、腫れている頬。スローモーション特有の野太い声が数秒。……酷い有様を一通り確認した次の瞬間には時間は戻り、重力に逆らうことなく一瞬で落下して行った。ちなみに梓がいた場所は死武専2階だ。
これは聞くまでもなくあの先輩どもの仕業だろうと。仮にも最強の武器であるスピリットを吹き飛ばすなど、粉砕先輩やツギハギ野郎ぐらいだ。そして騒ぎの中心に行ってみれば案の定、奴らが居たというわけだ。ただ予想外なのが、姿が確認できたのが床に突っ伏して尻を突き出した状態でぴくぴく痙攣しているスピリットと、肩で息をして興奮状態のマリーだけで、例の博士の姿が無い……しかし、視界に少年の姿を捉え……まったく死武専トップレベルが集まって何をしているのやら。
「マリー先輩、何をしているんですか。もう授業始まりますよ。教師のくせに遅刻する気ですか?」
「梓ぁ!だって、聞いてよ!スピリットさんったら……」
「言い訳はあとで聞きます。そこで転がっているのも起こしてください。……ほら、スピリットさん起きてください」
「イタタ……かなりキたぞ。もうちょい手加減しろって」
梓に転がっているもの扱いされたスピリットは、なんとか立ち上がって、恨みがましい視線をマリーに向けていた。さすがデスサイズ。回復も並じゃない。そんなスピリットにマリーも負けじと抗議する。
「だって、スピリットさんが変なこと言うから!」
「あの話の流れからすれば、誰だって同じこと言うだろうが。おまえとシュタインに子供が……お、おい、待て、暴力反対!!」
「余計なこと言うようなら、今度は粉々にしますよ?」
「待て待て!だから、話の流れから、誰だって俺と同じこと言うに決まってるだろ!?他になんて言えばいいつーんだよ」
「そ、それは、確かにそうかもしれないですけど……」
「だろ!?なら、俺が殴られるのはおかしい。そうだろ?」
「確かに……」
「そーだろそーだろ!?だったら、この偉大なる先輩に何か言うことがあるんじゃないのか?」
「……ご、ごめんなさい」
「分かればいい、分かれば。俺は許す。で、そんな俺に隠し事はやめろ」
「隠し事?」
「隠さなくたっていい。大丈夫だ、マリー。その時の勢いでやってしまったこととは言え、こいつはちゃんと成長しているじゃないか。だから隠すことはない。シュタインはああ見えても良い父親に……」
「結局そーなるんじゃないですか!誤解ですから!もっぺん殴りますよ!」
「ぐへぇ!!」
長々と会話だけで申し訳ないが、突っ込む暇がないほど、スピリットとマリーの会話はどんどん進んでしまい、結果、スピリットは再び転がっている。 放置しておけば周りに迷惑をかけるので、止めるべきなのだろうが、なるべくならば関わりたくない。それでもフォローや後始末はいつも梓がする羽目になるのだ。
幸せが逃げると言われる溜息が心の底から出てきたところで、やる気のない声が入って来た。
「マリーとスピリット先輩っておもしろいと思わない?俺がからかっただけで、あれだよ?」
「そうやって面白がって、からかうのはどうかと思いますけど?シュタインさん」
梓を幸せから遠ざける原因は、何もスピリットとマリーだけではなかった。更に面倒な奴が残されている。こうなると分かっていながらも余計なことを言う確信犯だ。
知識もあり実力もあるのは認める。死神からの信頼が厚く、死武専最強の職人の名は伊達じゃない。しかし、差し引いても全体的におかしいところが多々あり、へらへらした表情は何を考えているのかはさっぱり。元パートナーであるスピリットでも手を焼いているぐらいなのだから、梓に理解できるはずもないし、理解しようとも思わない。
たっぷりと嫌味をこめて言ったところで、少年……シュタインが感嘆の声を上げた。
「へえ、さすがだね。俺のこと分かるんだ」
「分かるも何も、どうみてもシュタインさんじゃないですか」
「マリーなんて俺のこと、俺と誰かの隠し子だって。スピリット先輩も俺がマリーと俺の子供だって」
「それは、単にあの二人が馬鹿なんですよ」
先輩二人に対してあんまりな言い方かもしれないが、仕方がない。はっきりあっさりと言い放った。一方は同棲しており共に居る時間が長い現パートナー。一方は彼を良く知る元パートナー。 梓よりも身近に居る二人がどうして分からないのか逆に不思議だ。ただ姿が小さくなっただけで、こんなに不気味で性悪な気配を放つ人物など早々居るわけでもあるまい。今までの流れで行けば、この世界、魔女やら死神やら死人やら、ファンタジーホラーなので、なんでもありらしいし。
事実、目の前の博士は子供の姿なのだから、受け入れるしかない。ただ、おかしな方向へと成長してしまった狂い気味の大人シュタインの頭脳を持っているせいで、少年シュタインの異常度数だけはかなり上がっている。本人からすれば姿なんてどうでもいいことだろうが。
「俺にしては好都合だよ。自分自身に対して違う実験が出来るってことになるからね。そーいうわけだから、生徒として授業に出てみるよ。マリーセンセもこれ以上遅刻はまずいだろうから連れてくよ」
火種となった張本人は、姿は子供でもやはり経験が生きているようだ。文句を言うマリーをあっさりと説き伏せて、教室へと向かって行った。あんな姿で教室に行けば、それこそ注目を浴びて授業にならないだろうが、残られても困るので見逃した。ようやく面倒を起こす二人が去ってくれたので、どうしようもないこの先輩ぐらいは回収しておこう。床にめり込む勢いでマリーの第二打をくらったスピリットに梓は手を差し出す。
「スピリットさん、本気で気付いてなかったんですか?」
「……最初はな。あいつが子供姿になるなんて、ふつー考えられんだろ……あー痛い。逆に気付くほうが凄いって。やっぱおまえとシュタインって似てるよ。共通部分があるからこそすぐに気付いたんじゃないのか?」
未だに信じられないと不思議がるスピリットの発言はめちゃくちゃ余計なことで、梓自身、すこし自覚している事実だからこそ、人に言われるのが一番許せないことを。どうやらこの先輩は余計なことを一言も二言も言うのが癖らしい。そのせいで梓の手を掴もうと伸ばしてきたスピリットの掌を、叩き落とすことになった。
「……痛っ!叩き落すこたねぇだろ!これでも俺は褒めてるんだぞ。一応天才と言われるシュタインと似てるなんて言われる奴は滅多にいないぞ」
そりゃそーでしょうよ!あんな変態と同列なんてよほどの人でしょうから。

【ネタであってもリアルにはない 梓編/シュタインとマリーとスピリットと梓】
続きはスピリット編へ。