良い子はとっくに寝ているであろう深夜。ツギハギ研究所で暮らす住民2人は眠気などなんのその、日中と変わらぬ様子で起きていた。ツギハギ博士はもとから夜行性であるし、粉砕さんは酒を手にすれば余裕で朝までいける口だ。
テーブルに載っているのはおつまみと言うよりも、おやつの時間的なポップコーンやチョコレート、クッキーに更にはシュークリームまで。しかし周りに放置してある空き瓶や空き缶を見ると、確かにアルコール度数の表示があるものであって、その数はかなりのものだった。
話の盛り上がり具合でペースも進む。日常生活で溜まった愚痴を、主に原因を作っているであろうパートナーにぶつけている時は、相当飲んだ。ぶつけられた当人はまったく気にした様子もなく――少しは自身の行動を反省して欲しいものだが――適当に相槌を打ちながら付き合ってくれている。おかしな光景にも見えるが、せめてもの責任として文句ぐらい聞けと。そして溜まったものを吐き出し終わったのが、日付も変わって既に3時間は経ったころだった。
マリーはグラスに注いだウイスキーを一口飲んで、ソファーに埋もれるように深く座り込んだ。自然と溜息が出る。喉が痛いのはぶっとうしで話続けていたせいだろう。隣に座っているシュタインと言えば、生返事ばかりでこちらの話を聞いているのかすら分からない反応ばかり。だが、長時間付き合ってくれていることには感謝しているし、話を聞いてもらうだけでも充分なので文句は言えない。フルでマリーは話しまくったのだ。
あれは私が悪いんじゃない!なのに、どうして私が弁償するのよ!そもそも梓は厳しいのよー!死神様は許してくれたのに、あの鬼〜!ちょっと壁に穴開けただけなのに……言っておくけどシュタインだって悪いんだからね!シュタインが避けなければ、壁に叩きつけることだってなかったんだから!……うわ!なんかムカツク!あーそうだねって言うぐらいなら大人しく殴られてくれれば良かったのに!そしたら壁だって壊れないで、梓にも怒られないで、弁償だってしないですんだんだから!あれは私が悪いんじゃないのよ!なのに……以下堂々巡り。
……と、まぁだいぶ言わせてもらった。ちなみに自覚はしていないが、マリーは相当酒に強いので酔っ払っていたわけではない。尚更悪いような気もしてきたが、そこはシュタインを見習って気にしない方針で行く。おかげでストレス解消、気分もすっきりだ。
「あーーなんかすっきりした!やっぱりパートナーって良いわね」
「そりゃー……良かったねーー……」
「おかげさまでね。よーし!今日はこのまま朝まで飲むわよー!!」
「あーー……うん……良かった、朝まで、良かった……ん?あれ?もう、朝?」
「……シュタイン?大丈夫?」
顔を上げたシュタインを見て、マリーは眉間にしわを寄せた。 歯切れの悪い間延びした話し方に、訳のわからないことを言いだしたシュタインは……もしかして、もしかしなくとも――
「まさか……」
「いーや。ぜーんぜん。酔ってないよ。いつもどーり、げんきげんき」
――酔っているらしい……多分、恐らく。シュタインの行動は普段から酔っ払いのように予測不能なことをするので判断が難しいのだが、へらへらした様子もなく疲労感に包まれているような、ぐてっとした姿はきっと酔っている。
「珍しー。そんな飲んでないのにねー?」
あくまでもマリー基準でだ。スピリットに言わせれば二日酔いレベルの量を越えているなんて、潰したときに言われたことがあったが、未だにそれは理解できない。そんなにオーバーな表現しなくてもいいのに。
スピリットは酒をよく飲むが対して強いわけでもない。逆に誘わない限り飲まないシュタインは強いほうだと思う。周りが気づかぬうちにグラスが空になってワイン瓶も空になっているのだ。 だから、比べれば飲んでいないはずなのだが……あくまでもマリー基準。どちらにしても部屋で寝てもらったほうが良さそうだ。
「付き合わせてごめんね。ここの片づけはちゃんとしておくから。薬いる?あれ、そもそも薬効く?」
「効かないし、要らないから……だいじょーぶ」
そう言ってシュタインが立ち上がるが、身体が後ろに倒れる。
「ちょ、危ない!」
「おっと……」
驚くべき鋭い反射神経で体制を立て直すが、反動で今度は前のめりになる。
「危ない!危ないって!」
「……おっとと」
またしても持ち直すが、懲りずに左へと揺れ、右へと揺れ。風が吹いただけでも倒れるのではないかと思うほど不安定だった。
その姿はちょっと笑えるが、そんなことを言っている場合でもない。これでは部屋に戻る前に絶対に倒れる。
「動かないで!部屋まで連れてくから!」
前後左右にゆらゆらしっぱなしのシュタインを支える。本来ならばその体格差で動くことすら困難になるはずだが、さすが粉砕するものと呼ばれるだけあって、踏ん張る。しかし、それもシュタインがまだ自力で立っているからであって、まるで意識が抜けたかのように全体重を掛けられてしまえば、さすがに無理がある。
「ちょ、っと、さすがに、重い、自分で、立って……」
「あーー……無理」
「うぐぐぐ……っくう、こっちも……むりーー!!」
どうしてマリーが支えた瞬間に全身の力を抜いて寄りかかってくるのだ。
正面からシュタインを支えていたマリーは耐えきれずにそのままソファーへと逆戻り。お尻をぶつけて、次いで背中をぶつけて、最後に頭をぶつけた。この連続攻撃が結構痛い。最初の衝撃をもろに受けているお尻が特に。絶対に痣になっているに違いない。
シャワーに入る時に確認しようと思いながらも、反射的に閉じてしまった目を開ける。押し倒された状態になっているのは理解していたが……マリーは固まった。
それは奴の顔が近すぎるぐらいドアップで、奴の眼鏡越しに見た目は閉じていて、奴の唇がなぜか重なっていて。20秒弱という、何がどうなっているのかゆっくりと考える時間が経過して解放されたのだった。
「っは……これは、相当やばいわ。酔いが回ってるのかも。ねぇ、大丈夫な……の……え?」
今更顔を赤らめて慌てふためくようなことはしないが、心配した問いかけは消える。シュタインのおかしな行動には戸惑わずにはいられなかった。
額に、隠れた左目の眼帯に、頬に……次々と唇を落とされて、甘えるかのようなシュタインのそれは、一体どういうことなのか。
こ、怖い!!何事なの!?なんなのよ!?何を企んでいるのよ!?
心の中はパニックになっているが、実際は騒ぐことも出来ずに唖然と、されるがままになっていた。
「……マリー」
「な、なに……?」
「君と居て……胸に込み上げてくるんだ……」
そう言ってマリーの頬をそれは丁寧に何度も撫でる。 恋愛とか愛情とかさっぱりなシュタインが、どこぞの漫画の王子様のように優しい優しい、それはもう優しい、全てを否定する嘘のように優しい笑顔を浮かべている。あのシュタインが。あのシュタインがだ。
一生お目にかかることのない笑顔は、さらなる恐怖を植え付ける。しかし王子様の告白には平然と対処できない。
自分でも分かるぐらいに全身に熱がこもり、ドキドキしている。シュタインは酔ったせいで自分が何を言っているのかきっと分かっていないのだ。だから絶対に言うはずがない恥ずかしい台詞をぽろっと言ってしまっただけだ。深い意味はないんだ。意味は……
「吐き気が」
「…………はい?」
思考を真っ二つにへし折る発言に、マリーは思わず聞き返してしまったが、返事をする数秒の間で理解してしまった。納得がいった。どうやら、とてつもない思い違いをしていたらしい。
心に響く甘い声で、全てを委ねてしまいそうな笑顔を浮かべて言った言葉は、どう考えても『愛しさが込み上げてくる』とか、そんなくだりだと思ってしまったが、間違いだった。そうではないのだ。シュタインはただの酔っ払い。つまりはマリーが飲ませすぎたせいで気持ちが悪いから、吐き気が込み上げて来ているのだと、そういうことだ。勘違いした自分がめちゃくちゃ恥ずかしい。そしてめちゃくちゃ腹が立つ。
「あぁ〜……最っ低っ!!蹴飛ばしてやりたい!」
「それはやめたほうがいい。言ったでしょ、吐き気がきてるって」
「だからなによ!トイレにでも駆け込みなさいよ!」
シュタインが覆いかぶさったまま、なぜかマリーの手を掴んでソファーに押し付ける。
「普通に考えれば、そのまえに蹴られた衝撃でこのまま、げーーっと」
「まさか、冗談じゃないわよ!こんなとこで吐くな!」
「だったら、暴れないで大人しくしててね」
「はぁ!?」
とんでもない脅迫をしたシュタインの手つきの素早いこと。片手でマリーのシャツのボタンをテキパキと外していく。さっきまでふらふらして、倒れる寸前の酔っ払いにはとても見えない。やはり職人として普段鍛えているせいで回復力が高いのだろうか……なんて訳があるか。
マリーの肩が震える。それは決してシュタインが形の良い胸をまさぐっているせいではない。
「うぅ!!本っ当に、最低っ!!卑怯者!騙したわね!」
「いやいや、俺は一言も酔ったなんて言ってないよ。マリーが勝手に勘違いしただけ。酔ったふりもしてないし。それにさんざん俺に対しての愚痴を言った腹いせにしているわけでもない。ただ単純に君が可愛いからだよ」
へらへらとシュタインが笑う。嘘、偽りだらけの発言をどうどうとされて、いっそ、清々しいぐらいだった。
怒りを通り越して呆れてしまう。マリーは開いた口が塞がらなかった……と言うか、意味は違うが、キスされて舌が入って来たせいで、塞がれたけど、塞げないみたいな。
騙されて、勘違いまでして、息苦しくて、逃げることも出来ない状況。しかし、さっきの優しくて薄気味悪いシュタインよりも、へらへら笑ういつもの薄気味悪さのほうが良いと、妙に安心しているマリーがいるのだった。

【リクエスト キス有り程度のやらしさ加減で、シュタインが酒に酔っちゃった的な話/ペテン師の笑顔の表裏/シュタインとマリー】