そう。これは時間の問題だ。どのくらい耐えることが出来るのか。
高ぶる身体を戒めて、それでも限界を迎えたとき、マリーはシュタインの言葉に従うことになる。自らの手で流れ出る半透明のそれを絡めて、敏感になっているところを弄る。ただ身体が求めるままに指を動かして、部屋に響くその音と喘ぎ声と、シュタインに見られていることが羞恥心を煽り、更に刺激を与える。
しかし、それでも底の熱は冷めてくれなくて、あそこがドクドクと波打って求め、シュタインに懇願するのだ。
もっと欲しいの。もっと……だから、お願いだから……。
流れ出る涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、惨めな姿でシュタインに縋るだろう。シュタインの望むままに。
「……辛いね。怖がらなくて大丈夫」
「っ……しゅた、いん……」
「怖がらないで。大丈夫だよ。大丈夫。だから、自分でしてみて……?」
マリーを安心させるかのような、シュタインの優しい笑顔と否定を許さぬ問いかけ。作りものだと見抜いているのに、流されそうで。騙されてはいけないと分かっているのに、騙されそうで。
「……っふふ、ははは……」
何が可笑しいのか分からないが、乾いた喉が笑い声をあげた。
熱にうなされるように視界が少し不安定で、思考がまとまらない。コンクリートに囲まれた冷たい部屋にいるはずなのに、まるでサウナにいるように熱くて、息苦しいから少しでも楽になりたい。
だったら、理性なんて捨てて本能に従えばいい。無駄な抵抗は止めて素直になればいい。素直になってシュタインに可愛がってもらえばいい。
悪魔の囁きが頭に響いて、マリーを手招いている。
「あははっ……はは、は」
涙を流しながらも笑いが止まらないのは、マリーを支えていた精神が耐えきれなくなってしまったからだろうか。限界を通り越しておかしくなってしまったのだろうか。……違う。違うのだ。笑いが込み上げて来るのは心の底からの感情の高ぶり。恐怖さえをも凌駕するどうしよもないぐらいの苛立ち。そして次の瞬間――
「ふっざけんなぁぁああ!!」
――粉砕するものの怒りが爆発した。
例えるならば、内なるパワーを覚醒させたスーパーなんとか人みたいな感じだ。その証拠に、ほら。髪が金髪に(元から)。さすがに髪が逆立ちはしないが、電気を全身に纏い、瞬間的に体内から一気に放出。無理に与えられた忌々しい感情を涙と共にかき消す。渾身の力を込めて欲求を殺した。
「大人しくしてれば調子に乗って!思い通りになると思ったら大間違いっつーの!!」
びしっと効果音がつくほど勢いよく、マリーは真正面にいるシュタインに向かって指を突き付けてやった。
「……まさか……体内発電で……?」
シュタインもこの展開には面喰っているようだ。信じられないものでも見るような顔をしている。マリーからすれば、シュタインの行動そのものが、常識を越えた信じられないものなのだが。
大丈夫、大丈夫と言い聞かせるように何度も繰り返し言っていたシュタインの頭は、大丈夫ではない。
「そんなのあり?……めちゃくちゃじゃないか」
「ざまーみろ!デスサイズの力を甘く見るんじゃないわよ!!」
……なんて威勢よく言っている場合ではない。 マリーは警戒態勢を緩めぬまま、注意深くシュタインを窺う。
この急展開は第三者からすれば分かりかねるものがあると思うので、ここで少し説明をしておこうか。
マリーを繋ぎとめていたものは、怒りの感情。シュタインの勝手な理由で遊ばれるなんて許せないし、それに屈してしまう自分も許せない。その怒りの炎がメラメラと燃えあがり、体内発電フルパワーで少しだけ正常な意識を取り戻すことができたのだ。
能力の新たな使い道を発見。マリー自身もまさかこんなことが出来るとは思ってもいなかった。
もしかして、あまり媚薬が効かない体質だったとか。実は雰囲気に流されていただけだったとか。そもそも本当に媚薬を飲まされたのかすらも疑わしくなってきたが……確かに疼きはあるので事実だろう。 事実だからこそ、ぞっとする。もしあのままの状態が続いていたら、恥じらいもなくあんあん鳴いて、とんでもない姿を披露していたに違いない。
「私はあなたのおもちゃじゃない。ただの趣味に付き合わせないでちょうだい」
興味本位でやるただの実験に付き合う気なんてない。今まで受け入れたのは、シュタインが助けを求めてくれたからだ。純粋にシュタインのことが好きだから、受け入れてあげたいと思った。
どんなに酷いことをしてきても、結局は怖がっているだけ。へらへら笑うのは普段の自分を保つため。最強と言われる職人の精神力は並のものではないからこそ、狂うとあっさりと折れてしまう。だから、後ろに回した両手から胸元にかけてやたら複雑な縛り方をされても、冷たくて重々しい鎖が絡まっても、息苦しい首輪をつけられても、マリーは拒絶しなかったのだ。
……うーん。よくよく考えると、もしかしなくても、私って相当酷いことされてる?
これを酷いと言わず、何を酷いと言う。まず誰に聞いても肯定されるであろうが、悲しいことにマリーの自覚はかなり薄い。誰か教えてあげて欲しい。マリー先生、あなたは相当酷いことされてますよ。
「君の言う通り、俺の勝手な趣味につき合わせてるのは悪いと思うけどさ……たまにはシリアスに虐められて趣向を変えてみようとか思わない?」
「どこのエムだっつーの!!」
「この失敗を生かして、次は液体タイプじゃなくて粉剤で再チャレンジしてみようか」
「自分で試せ!!」
「だって女性用に……もとい、マリー用に作ったものだから」
「んなこと知ったこっちゃないわよ!!」
「だったら、塗るタイプで……」
「い・い・か・げ・ん・に・し・ろ!!」
マリーは一字一字を区切って言い放った。 無駄に疲れるやり取りをいつまでも続けたくないし、それにもう体内発電の効果も薄れて……
「でも安心したよ。結局はあまり変わってないみたいだし。薬の効果は無くなったってわけじゃないもんね?この際だから言うけど……マリーが言えば、してあげるよ?」
「……っ、あんた、本当に嫌な性格っ!!」
見抜かれまいと振舞ってみたものの、やはりシュタインは欺けなかった。
こんなのただの一時しのぎにしかならないことぐらい、言われなくても分かっている。なかなか性欲に勝てるものではない。我慢できるのも、あと数分。そうでなくとも、湿った下着の感触が気持ち悪くてマリーを引きづり込もうとしているのだ。無意識にも太腿をこすり合わせてしまう。
「……あれ?」
しかし……ここで気がついたのだ。
「どしたの?」
「……あれれ?」
変だ。何かがおかしい。無い。本来そこにあるべきはずのものが無いのだ。少なくともマリーの記憶ではそれはあった。逆にあるのが当たり前で、無いのが不思議なぐらいに。念のためにベッドの周りを見渡してみるが目的の物は見つからず。
どうやら、異変が続きすぎたせいで、重要なことを見落としていたようだ。
右の太腿と左の太腿とを擦り合わせると、肌と肌の感触。ズボンを履いているはずなのに、素肌と素肌の感触。
「なんで……」
「なに?」
「なんで、どうして、私、下に……」
「あぁ、それなら君がビールを落としたせいで汚れたんだよ。今まで気づかなかったの?」
「……」
「そのまま寝かせるわけにもいかなかったから、脱がせた。まー自業自得じゃない?そもそもマリーが缶ビール落とすから。あの時は床にぶちまけちゃって大変だったんだよ?」
シュタインの話を聞きながらも、腰から足に掛っているシーツを少しだけ捲ってみた。案の定、パンツ一枚の自分の下半身。履いていたはずのパジャマのズボンが綺麗さっぱり無くなっていた。
……逆算して少し整理してみよう。なぜマリーがパンツ一枚なのかと言うと、缶ビールがこぼれて濡れたせい。なぜビールがこぼれたかと言うと、マリーが手を離したから。なぜ手を離したかと言うと、マリーが気絶したから。なぜ気絶したかと言うと、シュタインがマリーの鳩尾にどすんとやりやがったから。そんなマリーに対してはっきりと自業自得と言うシュタイン。
おいこら、ちょっと待て。
「自業自得ですって?そもそも、悪いのは誰だと思ってるの?私?私が悪いの……?」
「俺にこんなことさせようと思わせるキミが悪いんじゃない?」
いっぺん死んでこい!っと本気で言いたくなるような切り返し方をされた。責任転換もいいところだ。
相手を理解するのは大変だ。どんなに付き合いが長くとも全てを理解することはできない。自分のことすら完璧に分かっている人間なんていないはずだ。となれば、更に特殊な考えを持つシュタインに歩み寄るのは至難のわざ。付き合いが長いマリーだからこそ、パートナーとして一緒に暮らしているが、正常なようで異常。
だから、シュタインが本気でそれを言ったのか判断はつかないが……マリーは力なく肩を落とした。
「して欲しいって、言ってごらん?」
「……う……い」
「なに?聞こえないよ?」
……うるさい。言うのも馬鹿らしくなって、ほぼ唇が言葉の形に動いただけだった。
結局はそういうことか。ただやりたいだけ。しつこく促してくるのは、シュタインが、だたやりたいからに決まっている。でもシュタインはサディストだから……マリーの苦しむ姿が見たいのだ。マリーに言わせたいのだ。
なんだか、急に馬鹿らしくなってきた。
私は一体何をしてるんだろう。ビールは飲み損ねるし、身体は興奮してるし、奴は相変わらず意味不明だし。もう面倒なのよ。もういい。だったら、もういいわ。私が悪いって言うなら悪者になってやろうじゃない。
俯いたマリーの周りをパチッと音を立てて微弱の電気が奔った瞬間、シーツを投げつけた。
「……!!」
同時に一足飛びでシュタインの胸倉を掴む。半ば突進する勢いだったので椅子が不安定な音を立てて揺れるが、倒れることはなく、椅子を飛び越えシュタインだけを床に叩きつけた。
「もういい!私が折れてやるわよ!私が悪くて結構よ!言えばいいんでしょ!して欲しいって言えばいいんでしょ!?して欲しいして欲しいして欲しいっ、つか私がしてやる!!」
ここまで来て無駄な意地を張ったところで仕方がないと、苦肉の策だった。それでも、全てがシュタインの思い通りになるのは絶対に許せないから。
――武器(わたし)の扱い方を改めて教えてあげようじゃないの。
繋ぎとめていた理性をぶち破って自由になったマリーは、右目をぎらぎらと光らせ、野獣のような狂気を秘めていた。まるでヒツジを目の前にしたオオカミのように。
実際、マリーはシュタインのシャツのボタンを吹き飛ばしながらも脱がしにかかっている。
「いたた……ネジが頭に響くなぁ。……あーー服は破かないで欲しいんだけど」
形成逆転したと言うのに、シュタインに焦りはまったく見られない。ぶつけた拍子に緩んだのか(?)ネジを廻して、されるがままになっている。
平然とした態度が気に入らなくて首を締めつけてみるが、あろうことかシュタインは笑い声を上げた。
「あはは。なーんか面白いことになったね」
「〜〜っ!馬鹿にして!私は全然面白くない!」
「いやー予想外すぎて……それにしても、キミって……」
「む……な、なによ」
かなり力を込めているはずなのに、シュタインはマリーの手を掴むと簡単に上半身を起こした。いくら粉砕するものと言われても、こんな状態ではろくに力も出ない。
ぐっと顔を寄せてくるものだから、思わずマリーが身を引いてしまった。
「極端だよね……っと」
「おわ!!」
男と女の力の差という理由だけでは納得がいかない、反則的なシュタインの体力と体術。なんでこんなにあっさりと押し返されてしまうのか不思議に思うほど、一瞬にしてマリーはシュタインを見上げる立場になっていた。
腕を押し返されるのと同時に腰を引き寄せられ、あまりの早業に抵抗する間も無く。唯一の優しさと思えるのは、マリーが投げつけたシーツが下に引かれていたことだろうか。それでも背中は冷たいし、痛い。せめてベッドに運んで欲しいのだが、畳みかけるように覆いかぶさって来たシュタインの、その楽しそうな顔と言ったら。
まず日常生活では滅多に見せない類の笑顔は、普段ならば多少なりとも恐怖を覚えるはずだが、色々とふっ切ったマリーには挑発としかとれなかった。
「覚えておきなさい。あとで絶対に殴る。絶対に殴ってやる。あと私を満足させられなかったら、さらにぶん殴る」
「満足させる自信があるからこそ、こんなことしてるんだけど?ほーら、足上げて♪」
鼻歌交じりなのがこの上なく不快だが、一切の遠慮なしにパンツをずり下げられる。強制的に右足だけが持ち上げられ、片方だけ抜き取られた。
これ、脱がされているほうは、本当に恥ずかしいのだ。
「あーーごめんね。汚れちゃったね。ほら、糸引いてる」
「……っ、いちいち、言わなくていいし!」
しかも余計なことまで言ってくる。せっかくシャワーを浴びたばかりなのに、後で下着を洗う手間をかけさせて。
これまた無遠慮に弄ってくるのに、声を上げてしまいそうになるのを少しだけ耐えて、マリーはシュタインを睨みつけた。
「ん、はっ……誰かさんのおかげで、結構、キて、るの……つあっ、先に……へばったり、しないでよ!!」
嫌でも出てしまう、出したくもないその声に負けじと語気を強める。
いつもと同じだと思って甘く見てるんじゃないわよ。薬のせいでパワーアップした私に勝てると思ってんの!?絶対に後悔させてやるんだから。もう無理とか限界とか言ってもやめない。全部搾り取ってやるわ。自分が飲ませた薬の屈辱を味あわせてあげるんだから。
「心配御無用。むしろ、まんまその台詞返すよ。君が泣こうが暴れようが、俺を楽しませるだけだから、覚悟したほうがいい」
つまりは何があろうと止めてあげないよと。
今、この瞬間。世界中で最もぶん殴りたくなる顔ナンバーワンになったシュタインが、にやりと唇を吊り上げるのに対して、マリーも妖艶な笑みを返した。
「……っふん。結構な自信ねぇ……上等!かかってきなさいっ!」
これからの行為を考えれば、顎をしゃくって目を細めるマリーの似つかわしくない誘い文句。
さて、仕切りなおしだ。シュタインとマリー。飢えた者同士の戦いはどちらに軍配が上がるのか。
マリーが左足で宙を蹴ると、足首に引っ掛かっていたパンツが舞う。床に落ちた瞬間が開始の合図だ。

【Dr. Sの玩弄物_レジスタンス/シュタインとマリー】
結局はこうなる\(^o^)/