「……したいなぁ」
普段ならば無反応なシュタインも、このマリーの呟きには、内心ピクリと反応してしまった。
言葉から察してしまうと、アレのお誘いなのだと直結してしまうのは致し方ない。
ただいま時刻は真っ昼間で、場所は死武専の職員室で、自分たちはこれでも指導者の立場で、TPOを度外視しても良いということならば、シュタインとしては今この場でお受けする覚悟もある。
しかし、マリーの言いたいことが、お誘いなのではないことはさすがに分かっている。
「恋がしたいなぁ……」
虚空を見つめて、ため息混じりの言葉に納得した。肝心な部分が聞き取れていなかったようだ。
マリーの手にはページが開いたままの漫画(だと思われる)があり、内容から影響を受けているのは、一目瞭然。
恋がしたいねぇ。恋が。恋か。
シュタインにとって、"恋"という存在自体が論外であり、だからこそ最も理解に苦しむものだった。
そして、マリーを見ていたせいで、余計複雑になっていた。
マリーは過去に数人と付き合ったことがあるけど、それは本当に、恋?
恋ってそんな簡単に何度もできるもの?振られたらすぐに新しい恋が見つかるもの?
マリーを批難しているわけではない。ただ、振られて泣いていた彼女を見て、苛々するというか……マリーに対して、ではなくて、自分でも何に不快感を示しているのか分からなかったが、とにかくバラしたい気分だったのだ。
マリーの恋愛に向けるパワーは凄いと思うし、恋して愛して、得るものも沢山あると思うが、自分には必要ないとしていた。
それでも、マリーと一緒に暮らし初めて、シュタインはマリーの影響を受けてしまったらしい。
生活を共にすることにより、マリーが知らず知らずに与えてくれるせいで、少しは感情に興味を持ち始めた。
そういえば、マリーの初恋って俺なんだっけ。
何をどう見て、こんな奴に恋しちゃったのだろうかとシュタイン自身が疑問に思うぐらいだ。
学生時代の出来事なんて記憶に薄い。当時から女性に手が早いスピリットを尻目に、シュタインもバラバラ街道まっしぐらだったので、好きになる要素がどこにあったのか。
「……顔?」
「え?なに?」
学生の頃のシュタインは、目つきは悪いが容姿もそこそこで、性格は確かに難があるものの、少し危険なところがまた良いと、意外に人気だったのだ。
成長してツギハギやネジが追加されたが、昔も今もスピリットよりはモテる。
加えて今なら、家(研究所)もあるし、金銭的な余裕もある。不用意な干渉はしないし、禁煙だって頑張ればできる。多少の実験に目を瞑って貰えれば、生活に不自由はしないはずだ。
だから、マリーは初恋アゲインということで。
「俺がいるじゃない」
キョトンとしたままのマリーが首をかしげている。
「……俺にしたらいいんじゃないの?」
シュタインがほんの一瞬だけ躊躇って、口から出た、らしくない言葉。
驚きで目を見開いたマリーだったが、すぐに柔らかい優しい顔で、クスリと笑みを浮かべて――
「やぁね。私がしたいのはセックスじゃなくて、恋よ」
――ばっさりとシュタインを切った。
ちょっと傷ついたよ。
【初恋アゲイン/シュタインとマリー】